TECHNIQUE匠の技術

100分の1mm単位で精度を
求められる時計のダイヤルづくり。
わずか0.3mmのエナメルで
美しいグラデーションを生み出す
匠の技術をご紹介します。

七宝とは

金や銀、銅など、金属製の素地にガラス質の釉薬を盛り上げ、摂氏800度前後で焼成したものです。古墳時代末期の牽牛子(けんごしづか)古墳の棺金具をはじめ、奈良時代の正倉院御物「黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいじゅうにりょうきょう)」、平安時代の宇治平等院鳳凰堂扉金具、これら現存する日本最古の七宝は、シルクロードを伝わった交易の伝来品、あるいは一部の渡来人の技術によってもたらされたといわれています。

七宝は、仏教典にある「七つの宝石」が語源で、法華経では、その美しさを七つの宝物(金、銀、瑠璃、シャコ貝、メノウ、マイエ、真珠)に例え、「七宝焼」は七つの宝石ほど美しい焼き物であることから桃山時代前後に付けられた名称とされています。

制作の流れ

地板成形加工

素地成形加工

通常、七宝製品の土台となる「素地」には、銅板を使用することがほとんどですが、クレドールのエナメルダイヤルには、ひときわ優美な純銀製の素地を用いています。ダイヤルの形に加工された素地には彫刻を施し、透明感がある独特の奥行きと深みのあるエナメルを通して模様が見える「バスタイユ技法」を採用しています。

釉薬の調合

釉薬の調合

時計のダイヤル上に施せるエナメルの厚みはわずか0.3mm。この0.3mmの薄さで美しいグラデーションを生み出すために、釉薬の微妙な色味を調合するところから作業が始まります。原料を炉で焚いて基本色を作り、基本色と顔料を組み合わせて細かく色味を調合した特別な釉薬を作ります。本限定モデルのエナメルダイヤルには、濃淡の異なる4~5段階の釉薬を使用しています。

釉薬差し ~下引(したびき)~

釉薬差し ~下引(したびき)~

釉薬の調合が整ったら、ダイヤルのベースとなる素地に釉薬を差していきます。「下引」といわれるこの初段階では、一番薄い色と一番濃い色の釉薬のみを薄く敷き、焼成、荒研磨を行います。セイコーのエナメルダイヤルには、鉛を含まない「無鉛釉薬」を使用しています。無鉛釉薬は、一般的な七宝製品に使われる鉛を含んだ釉薬とは違い気泡が入りやすいため、乾燥に気を配りながら作業を行います。このほかにも、ヒビが入りやすく、変形しやすいデリケートな性質を持っているため、無鉛釉薬を扱う職人には、極めて高度な技術と経験が求められます。

釉薬差し ~初番・二番~

釉薬差し ~初番・二番~

クレドールのエナメルダイヤルづくりでは、釉薬差し→焼成→荒研磨の一連の工程を3回繰り返します。1回目の釉薬差しを「下引」、2回目を「初番」、3回目は「二番」と呼びます。「初番」と「二番」では、4~5色の釉薬を使用しグラデーション(ぼかし)をつくっていきます。回数を追うごとに徐々にエナメルが厚くなりますが、時計のダイヤルでは最終的にエナメルを0.3mmの薄さに仕上げる必要があるため、釉薬をいかに低く薄くのせ、かつ自然なグラデーションをつくれるかが重要なポイントとなります。

焼成

焼成

焼成は、800℃前後の窯で約1分間焼き上げます。釉薬を繰り返し差すことで徐々に厚みを帯びた表面は、おのずと裏面を引っ張る力が強くなります。素地の薄さゆえ、通常なら反りが生じてしまうところを、裏側にも少し硬めの無鉛釉薬を施釉するなどバランスを取りながら、いかに平らに形成していくかが職人の腕の見せどころです。

釉薬差し→焼成→荒研磨 ~繰り返し工程~

クレドールのダイヤル制作では、前述のとおり、釉薬差し→焼成→荒研磨を3回繰り返した後、最終研磨で艶やかに美しく仕上げます。

最終研磨

最終研磨は、ダイヤルの表面に水をかけながら、砥石やダイヤモンドペーパーで研ぎ、滑らかにしていく工程です。研ぎ上げるごとに、目が細かくなる6種類のダイヤモンドペーパーを使い分けています。釉薬は1回差すのに約1時間半、研磨においては計4時間を要します。たったひとつのエナメルダイヤルをつくりあげるために、いかに多くの時間と労力が注ぎ込まれているかということが、実感をともなって想像いただけるかと思います。

仕上げ

彩色を施し、焼き上げ、研ぎ上げられてきたエナメルダイヤルの最終仕上げです。気泡をはじめ、傷やスジはついていないか、顕微鏡をはじめとする専門器具を使って念入りに見直しを行い、修正が必要な箇所には再び手を加えていきます。気泡が見つかった場合は、つぶして埋め、またほんの少しだけ釉薬を差して滑らかになるように、表面を整えていきます。最後に、独特の柔らかさを持つ、和紙作りにも使われる「トロロアオイ」という木の幹の繊維と研磨剤「酸化クロム」で、ダイヤルの表面を優しく磨く「つや出し」を行います。丹念に作られたエナメルがよりいっそう輝きを増し、光り放つその様は、まさに匠たちの珠玉の結晶と呼ぶにふさわしい美しさです。

匠の道具

匠の道具

戸谷氏が愛用している施釉道具のひとつが、イタチ毛の絵筆です。イタチの毛は硬く弾力があるため、どろっとした独特のとろみと重さのあるガラス質の釉薬を、しっかりと筆にのせ作業を行うことができるそうです。匠の技を支える道具も、また奥深い世界です。